潮 騒 (前編)
1
欲望はどこからやってくるのだろう。
舌が。
耳朶をなぶり、首筋に傷を残し、段々と中心の向かって下降して行く。
ゆるやかに。
指先が胸の突起をもてあそぶ。
いやらしく、執拗に。
体中をうごめく舌と、指先のさりげない 領域侵犯に狂わされ、口からは吐息の嵐。
腰からは正体不明の甘い疼き。
「っつ。…はぁっ。」
湿った口唇の感触と、乾いた指先が交互に降りてきて。
じらされて。
じらされて…。
繰り返される慣れた愛撫に、熱にうかされほてった身体が
まだ足りない、まだ足りないと悲鳴をあげる。
もっと、もっと欲しくて。
たまらない…。
「んっ、っあああ。」
ようやっと。
待って、待って、待ちわびた箇所に口唇が届くと、半開きの口からは
意味不明の母音と過呼吸気味の吐息があふれだし、瞳からは一筋の雫が流れ出す。
「お願い。…イカせて」
脳内のパルスがスパーク寸前。
体中の血液が沸騰して。
疼きの波が中心部に押し寄せ、緊張を解放したくて、喘ぐ吐息にまぜて懇願する。
「…お願い。」
「まだだめ。」
なのに望みとはうらはらに、荒れ狂っている中心部から口唇を離されてしまう。
体中が悲鳴を上げる。
もうイキたくて、イキたくて…。
瞳からも、下からも雫が咽び泣く。
「…もぉ。お願い。」
理性が限界点を越えて、自分勝手に欲望を解放しようとした刹那、中心部に熱いモノが
打ち込まれる。
「ああああああっ!!」
「まだこれからだよ。」
先に十分に愛撫を受け蕩けるようにほぐれているにもかかわらず、奥の方へ侵入を拒否
するかのように、きつく伸縮を繰り返す中心部に楔は一旦動くのを止める。
互いにモノを味わうかのように。
「動くよ…。」
中心部の伸縮が少しおさまると、再び楔は動き出す。
ぬちゃぬちゃと部屋中に響く粘膜の叫び。
快感が体中を走り抜け。
再び、身も心も快楽の海に投げ込まれる。
いつしか…。
楔と中心部が溶けあう頃には、もっともっとと自ら腰を振っていた。
もっともっと欲しい!
ぐちゃぐちゃに!!
壊れるほど突き上げて!!!
疼く腰と腰とをからめあい、抱いて抱かれて互いの意識が欲望と快楽の渦に巻き込まれ。
「はぁっ!…もぉだめぇ!!」
夢うつつ、激しい波に飲み込まれ、熱いパルスがクル頃に。
快楽の出口で意識がスパークする。
緊張と、欲望と、快楽の解放。
…そして荒れ狂っいた海は穏やかに。
…耳に残るは潮騒。
2
はじめからすべて決まっていた。
そう私が望んだ。
二年しか活動しないってことも。
私のために誰かが踏み台になるってことも。
すべては仕組まれたプログラムの上。
駆け出しのひよっこ演奏家の私を計画的に売り出すための茶番劇。
もっと私を世間の人に知ってもらいたかった。
私の創る音を聞いてほしかった。
一度表に出てしまえば売れる自信があったし事務所もバックアップを約束してくれた。
地道にやろうなんて思わなかったし、早くたくさんの人に音を聞いてもらいたかった。
とにかく前にでたかった。
…だから、一番てっとり早く残忍な方法を選択した。
売れてしまえばそれでいい、世間に認知してもらえればそれだけで…。
二年で十分だと事務所と話し合い、二年限りの企画ユニットを組むことにした。
私はただ踏み台が欲しかった。
だから打算的に。
ひどく利己的な残忍さで。
数ある新人オーディションの用のMDの中から簡単に、自分の音に一番リンクする声を
選んだ。
ただたんに音に合う声だと思った。
どんな人間かなんて興味がなかったし、どうでもよかった。
所詮踏み台になるもの下手に感情移入はしたくなかった。
もうすでに二年後のプロジェクトも始まっているし。
二年限りのお付き合い。
それに向こうだって、私のコトを踏み台にするつもりだろうし。
お互い利用できるならしようって魂胆だろう…。
だから、ただ私の音が一番栄えるように声を選んだ。
ただそれだけだったのに…。
3
「けんちゃん…。」
夢うつつ。
なおはぐったりと、取り替えたばかりのさらさらのシーツに転がりながら、まだ片足分
意識が欲望の海につっこんだまま、うわごとのようにつぶやいた。
そんななおに健太はそっと頬をなで耳元で囁く。
「なおちゃん、きれいだね。」
健太はなおのこめかみから顎にかけての、ゆるやかだがやや鋭利なラインが気に入って
いて、ぐったりと枕に顔を埋めているなおの横顔を眺めている。
「ほんと、きれい…。」
囁きに吐息が含まれていて、その吐息の熱にさきほどの甘く淫らな時間が
呼び覚まさせられ、再びなおの腰を蕩けさせる。
再びなおは顔に淫蕩な色が浮かんでしまい、恥ずかしさのあまり健太の胸に顔を埋める。
…まだ欲しがっている。
健太が欲しくて、欲しくて。
尽きることのない欲望そのままに。
なおは健太の鼓動に身をまかせる。
トクントクンと…。
ゆらゆらと…。
寄せては返す波打つ鼓動を聞きながら、いつのまにかなおは夢と意識の狭間に触手を
伸ばしていった。
どこまでも遮るもののない深くて暗い闇の底に。
現実に戻りたくなくて…。
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